ミニ解説:衛星レーザ測距

レーザは20世紀の大発明の一つと称され,それはほぼ半世紀前の1960年のことでした.その4年後の1964年に打ち上げられた NASA の Beacon-B 衛星には,すでに地球からレーザ測距を行うためのレトロリフレクタ(逆反射鏡,コーナーキューブリフレクタ,とも)が搭載されていました.測距という言葉は,文字通り,距離を測ることを意味します.衛星レーザ測距は,SLR (= Satellite Laser Ranging) と呼ばれることもあります.

計測の原理はシンプルです.ボールの壁当てをイメージしてください.地上からレーザパルス(これをボールとします)を発射して,衛星に搭載されたレトロリフレクタ(これを壁とします)で逆方向に反射させ,その戻ってきた信号を受信します.このレーザパルスの往復に要する時間間隔を測定することで,衛星までの距離がわかる,というものです.基本的には,レーザパルスを発射した「時刻」と,往復に要した「時間」が観測値のペアとなります.

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そこで使われる計測技術は,常に最先端のもので,長い時間をかけて進歩を続けてきました.レーザの例を挙げてみましょう.黎明期には,パルス幅がナノ秒オーダーの赤いルビーレーザが使われており,数秒に1回発射されていたようです.現在は YAG レーザの第2高調波がよく使われており,パルス幅 10-100 ps の緑色のパルスが主流ですが,赤外線のレーザを使う局も現れています.また,繰り返し率の高いレーザが好んで使われるようになっています.

そのほか,高速で正確に衛星を追尾できる中~大型の光学望遠鏡や,1フォトンレベルの微弱光を検出するための光検出器,ピコ秒の精度で往復時間を計測するタイマー,大量のデータをほぼリアルタイムで処理するソフトウェアなどの装置から構成されています.

衛星レーザ測距は,人工衛星の軌道を最も正確に決めることができる手段です.電波を使うほかの技術に比べ,光領域では,大気・電離層の伝搬遅延が正確に求められることが有利になります.また,レトロリフレクタは電気を必要としない受動的な装置ですので,多くの場合,原理上,衛星側の寿命は非常に長いです.一方,世界に40程度しか観測局がなく,それも観測が好天時のみに限られてしまう(=雲を突き抜けられない)ことは不利な点です.

日本では,東京天文台の堂平観測所における先駆的試験観測にはじまり,現在では,海上保安庁が和歌山県の下里(しもさと)水路観測所を,情報通信研究機構は小金井に 1.5 m 望遠鏡装置を,そして宇宙航空研究開発機構は筑波局を運用しています.

各局へのリンク

  第五管区海上保安本部 下里水路観測所

  情報通信研究機構 宇宙光通信地上局

  宇宙航空研究開発機構 つくば衛星レーザ測距システム

以上の日本の観測局をはじめ,世界の観測局では,多くは昼夜を問わず,測距観測が続けられています.数 cm レベルの正確な軌道が必要とされる衛星ミッションにおいては,レトロリフレクタが搭載されることが多くなっています.観測局・測距対象衛星などについては,国際レーザ測距事業 (ILRS = International Laser Ranging Service) のウェブサイトに載っています.

ILRS http://ilrs.gsfc.nasa.gov/

各観測局は,測距観測に成功すると,数時間以内に ILRS に対してデータを送付し,ILRS のデータセンター(アメリカ NASA/GSFC およびドイツ DGFI)で誰でも利用可能な状態に置かれます.

人工衛星のみならず,月面上にもレトロリフレクタが置かれています.アメリカのアポロ宇宙船や,旧ソ連のルナー宇宙船が設置してきました.これらへの測距は月レーザ測距 (LLR = Lunar Laser Ranging) と呼ばれ,アポロ後半世紀以上経った今も,月への測距観測は続けられています.月の複雑な自転・公転運動に関する研究のみならず,地球回転の観測や相対性理論の検証にも使われてきました.反射信号が非常に弱いので,月への測距が可能な観測局は,世界でも高地に置かれた大望遠鏡のある数局に限られています.

最後に余談ながら,「レーザ」は「レーザー」と表記されることもあるようです.わたしの経験では,エンジニアリングの世界では「レーザ」がよく使われ(わたしもそちらになじみがあるのでここで採用),サイエンスの世界では「レーザー」と書かれることが多いようです.ただし,厳密な慣習ではありません.