正確な軌道の情報を必要とする人工衛星には,コーナーキューブリフレクタ (corner cube reflector) と呼ばれる装置が搭載されることが多くなっています.月面上にも設置されています.光の向きを反転させるレトロリフレクタ(逆反射鏡とも呼ばれる)の一種です.レーザ測距技術により,地上局と人工衛星までの距離を正確に測るうえで,必要な光学装置です.
コーナーキューブリフレクタには,プリズム型のものとホロー型のものがありますが,どちらも3つの面で反射させるという基本的なしくみは同じです.3面は下の図のように,互いに直交するように置かれます.ここでは,それぞれの面が xy 面・yz 面・zx 面になるように座標軸を設定してみます(下図).
例えば,xy 面で反射されるときには,光の向きを表す3次元ベクトルの成分のうち,z 成分のみの符号が反転し,x 成分・y 成分はそのまま保持されます.同様に,yz 面のときは x 成分が,zx 面のときは y 成分の符号が変わります.
この性質を考えながら,下の図のように3面で次々に反射されることを考えると,入射時の方向ベクトルが (a, b, c) であった光線は,反転して (-a, -b, -c) となります.つまり,ちょうど来た方向に光を返すことができるのです.この図では,y 成分 → z 成分 → x 成分の順に符号の反転が起こっていますが,その順番には6通りあり,光線の入射する位置に依存します.しかし,結果的には,どういう順番であっても,全成分の符号が反転されます.
正確な直交度でリフレクタ反射面を組み合わせておけば,入射した方向に光を跳ね返すことができます.人工衛星に向かって,日本のある点からレーザを発射すればその点のほうに,アメリカのある点から発射すればやはりそのアメリカの点のほうに,レーザを戻すことができます.このため,レーザ測距観測局では,互いに独立に,人工衛星までの光の往復時間を計測することができるわけです.
なお,実際のコーナーキューブリフレクタをのぞきこんでみますと,自分の目(それも利き目)が必ずリフレクタの中央に位置し,少しくらい動いても,ずっと自分を見つめ続けます.
厳密には,人工衛星と観測局の相対速度に起因する「光行差」を考慮すると,完全に正確な直交度をもつリフレクタよりは,直交度をあえて少しずらしたリフレクタのほうが有効であることがわかっています.実際に,人工衛星搭載のリフレクタの多くにはそのような細工を施してあります.そのほか,リフレクタ開口面の大きさや形状,リフレクタ反射面の金属コートの有無,リフレクタの屈折率,などによって,光学的な特性も変わってきます.人工衛星に搭載されているコーナーキューブリフレクタは,口径 3~4 cm の大きさが主流です.
実は,身のまわりにも,この性質を利用したものが多く見かけられます.自転車の後部に付ける赤い反射板や,道路脇・道路上に設置されているオレンジあるいは無色の反射板も,よくよく見るとごく小さなコーナーキューブリフレクタが数多く集積したものです.最近は,もっと小さな,シール型のものも売られているようです.正確さを問わなければ,鏡を3枚持っているなら,どなたでも試してみることができるでしょう.
一方で,最近では,ロシアの人工衛星 BLITS に搭載されているような,コーナーキューブ型ではない逆反射鏡も使われるようになっています.今後の動向にも注目しましょう.